愛はまごころ・恋はしたごごろ

台風一過。

窓を開けるとひんやり冷たい風。

ふと「…あ、流れが変わった」と感じた朝でした。

ぐらい的に何がとというわけではないのですが、頬をなでる風が、空気が…時の流れ?空間の流れ??漠然と方向が変わったような感じがしたんです。

新しいフィールドにはいった瞬間を感じたのかな。

今朝の宮崎は綺麗な空気と青空がひろがっています。

うん。今日は何か新しいものと出会える一日になる!!そんなインスピレーションが下りてきた朝です♪♪

 

私の日課のひとつにメールチェックにブログめぐりがあります。

その中に私のカラーセラピーの先生のブログがあります。とてもたおやかで素敵な方です。でも、カラーセラピーをひととおり学んだあと私はその方から遠ざかりました。なんとなく違和感を感じたからです。だからといってその方が嫌いとかではなくて、やはり素敵な方だな~といまでも思っています。

ずっとその方のブログを読んでいてここ半年くらい、なんとなく感じているものがありました。そして今日のその方のブログをよんで私の感じていることはやっぱりあたってたんだな~と。そして、その方もやはり女性で普通の一人の人間だったんだなとはじめて感じました。

 

私は私の失恋でどん底にいたときなんとかしてはいあがりたくてもがいてもがいて苦しい時にカラーセラピーをみつけました。同時にその方もみつけて、どうせ学ぶならこの人がいいとおもいその方の講座に申し込んだんです。

この時期の私は誰かに助けてもらいたかったんですよね。自分では意識してなくても誰かに頼ってすがりたかった。『あなたは悪くないよ。大丈夫、一人じゃないから』そういって寄り添って『私』を認めてほしかったんだとおもいます。

別れて私から去っていった大好きだった彼に拒否されて必要とされていなかった『私』が必要だっていってくれる場所と人がほしかった。

でもそれを言ってくれる人は誰でもいいわけじゃなくて、彼よりも上の人、彼よりも立場や社会的に認められている人、そういう人に寄り添って認めてもらえることで『私』の存在価値を守りたかったんだなとおもいます。

 

その立場に白羽の矢を私が立てたのがカラーセラピーのセラピストである先生である彼女だったんです。

でもいざ、その人に近くいても泣き言みたいなことを言ってみても、私は癒されることもなければ私の空虚感はなくなりませんでした。

それは彼女が私の欲しいものを与えてくれなかったから。彼女にはたくさんのファンがまわりにいます。私よりもずっと前から彼女をしっていて彼女のいろんな講座で学んでいた常連さんたち。

私の目には彼女はそんな方たちのほうによりそっているように見えたんです。

実際はちがうのに。実際は彼女はとても中立で公平だったのに。

いつしか私はこの人は私とはちがうんだ。セラピスト・カウンセラーとしても成功しててたくさんのファンがいて、素敵な彼もいて業界でも有名な成功者。…そう思い込んで自分から一線をひいてそして勝手にひがんで拗ねて、結果、その界隈から遠ざかりました。

 

ブログや当時のセラピスト仲間たちの話から、彼女は彼と別れたことをしりました。そのあたりからなんとなく彼女のブログの流れがかわったように感じていました。

相変わらず人気講師であり忙しそうでしたが…なぜか白いイメージだった彼女がグレーに感じてたんです。…泣いているような。苦しんでもがいているような。彼女に自分の存在意義を見出してもらいたくてカラーセラピーの門をたたいたあの時の私と同じものをなんとなく感じていました。

そして今日の彼女のブログでやっぱりそうだったんだ…て確信しました。

愛してるのに想いは伝わらず…伝わらなった想いは器からこぼれでて流れてしまう…『愛』は人に相手に求めるものでなくて『わたし』にあるもの。

だから愛という文字には心が真ん中にあるんです。

でも『恋』は相手から与えられるものを期待するもの。相手に見返りを求めてしまうもの。好きになったらどうしても『わたし』を見てほしいから。

だから恋という文字は心が下にある。

『愛』はまごごろ。

『恋』はしたごごろ。

よくいったものですよね。

彼と別れてから3年。そういってあの時の『私』を俯瞰できる『わたし』になれたことが嬉しくてそしてちょっとだけ寂しい…笑。

そして私の世界に現れたカラーセラピーカウンセラーの彼女は潜在意識がみせた私自身であったんだと…ようやく気付きました。

長かったな(笑)